近代日本の音楽家として最も重要な存在である山田耕筰は、日本人として初めて本格的な作曲法をヨーロッパで学び、帰国後には自らオーケストラを育て、交響楽演奏会を主催し、オペラや交響作品など様々な音楽作品を国内に紹介しました。現在のクラシック音楽受容の礎を作ったのは山田耕筰であると言っても過言ではありません。  そして、山田耕筰自身も創作活動の初期から最晩年まで管弦楽作品の作曲を断続的に手がけました。書かれた作品の殆どは作曲者自身の指揮で演奏された他、自らアメリカやヨーロッパ・ツアーを敢行し、日本人作曲家の存在を欧米の楽壇に印象づけることにも成功しました。
 ところがそんな山田耕筰の管弦楽作品は、生前には一度も出版されず、自筆譜の多くが戦災などで消失してしまったために、現在残された資料の多くは第三者による筆写譜のみという、非常に憂慮すべき状態にあります。残された資料は現在、日本近代音楽館に保存されおり、閲覧することは可能です。しかし作品の全貌を知るような状況下にあるわけではなく、また、演奏できるように整備されているわけでもありません。そういった意味では、1997年に春秋社より刊行された「山田耕筰作品全集第1巻」において、初めて交響曲《かちどきと平和》を含む初期の管弦楽作品が収録されたことは大変重要なことでした。ただし、刊行されたスコアのパート譜は作成されていないため、山田作品を手軽に取り上げて演奏するという状況には未だに至っていません。その上、中期の最も個性が充実した作品群などは相変わらず資料の中に埋もれたままの状態で今日に至っています。  弊社は、2004年に日本楽劇協会の主催で行われた「山田耕筰の遺産〜よみがえる舞踊詩」公演において、初めてスコアの校訂、パート譜整備などでご協力させて頂きました。その際に痛切に感じたのは、演奏会のためにせっかく整備した楽譜も、適切に管理・保存していかなければ、山田耕筰が私たちのために残してくれた珠玉の作品群は相変わらず普及しないどころか、このままでは他の作品も含めて永遠に失われてしまうかも知れないということでした。
 そこで、ひとまず弊社が関わらせて頂いたコンサートで使用したスコアとパート譜を、日本楽劇協会の協力、監修の下でレンタル譜として整備し、普及を図る事業を興すことにしました。作品が少しでも演奏され、普及していくことこそ、恒久的な保存に繋がると思うからです。
 これが「山田耕筰作品集 Craftone Edition」です。現在弊社に保存している資料の整備が済み次第、未だ資料の中に埋もれているその他の諸作品の復元、整備も随時進めていく予定です。また、管弦楽曲のみならず、これまであまり普及していなかったピアノ、器楽作品や歌曲についても精力的に取り組み、手に取りやすいピースの形でご提供していきたいと考えております。

 このプロジェクトを立ち上げてから約10年、その間に新国立劇場でオペラ「黒船」が上演されたり、2015年には山田耕筰の著作権が切れるなど、様々な事件がありました。その中でも嬉しいことに日本初の管弦楽曲「序曲ニ長調」は数え切れないほど取り上げられ、2016年には悲願でもあったミニチュアスコアの刊行も関連会社の東京ハッスルコピーより実現いたしました。その他の管弦楽曲や室内楽曲についても、取り上げてくださる団体の方々の努力もあって、歌曲の作曲家という印象しかなかった山田耕筰の全貌が少しずつ広がりつつあるのを感じます。
 歌曲についてもこれまでに出版されているものであっても山田耕筰の意向を完全に再現出来ていないものが多いことがわかり、少しずつではありますが、ラインナップを広げる努力を続けており、「待ちぼうけ」「からたちの花」は教育芸術社の高校の教科書の原典に採用されました。小さい活動ながら、正確かつ美しい楽譜でこれからも山田耕筰作品の楽譜を紹介し続けていきたいと思います。(編集主幹:久松義恭)

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